内容
時代は昭和11年。学習院に通う良家の令嬢・花村英子。
商事会社社長で英国通の父や優しい母、文学青年の兄を持つ。

そして通学の送迎をしてくれるお抱え運転手のベッキーさんこと、
別宮みつ子に、日常生活に潜む謎を話し、ヒントをもらい、解決していく。

英子の友人、大名華族の名門のご令嬢・道子の小父の滝沢子爵と
そっくりなルンペンを見たと、英子の兄が語る。
身内しか知らないことだったが、滝沢子爵は出勤途中で“神隠し”に遭っていたのだった。
兄が見たのは、子爵なのか? それともそっくりな誰かなのか?

老舗和菓子店の息子が中学を受験する。
そのプレッシャーなのか、ある夜その少年が補導される。
どうやら“ライオン”が関係しているらしい。
だが少年は、謝りはしても決して説明しようとしない。その理由は?

銀座に能面展を見に行った英子。そこで同級生の子爵令嬢・千枝子と会う。
ある面を見た千枝子は、失神してしまう。
千枝子は能面に何を見たのか?

3つの短編からなる連作集。

シリーズ3作目にして最終作(らしい)。
直木賞受賞作。

動機
北村さんは大好きな作家の一人です。
1話完結の日常ミステリーが好きなことと、
登場人物が自分に近いタイプで親近感を持っているからだと思います。

このシリーズも出版されると、できる限り早く
図書館に予約を入れて順を追って読んでいます。

感想
この作品で直木賞と言うのは、ファンとしては残念。
もっとしっくり来る作品があったと思うのですが…。

この昭和11年も、今の時代と余り変わらない様子が描かれています。
ホームレス、お受験、経済格差。

そんな中、良家の令嬢、つまりは世間知らずで浮世離れした感のある英子が、
運転手のベッキーさんに助けられ、支えられ、
少女から女性へと成長しようとしている作品です。

そして陸軍の下士官・若月への感情。これは間違いなく淡い恋心。

昭和11年と言う時代が、この作品の一つのキーワードになっています。
不穏な動きを伝える新聞。都会では聞くことのないブッポウソウの鳴声。
山村暮鳥の美しい詩集に収録された、強引にして暗い詩。

歴史に精通している方なら、ラストを予想できるのではないかと思います。

1話目の「不在の父」。これは実際の出来事を元にした短編です。
松平斉男爵の行方不明事件。結局男爵は見つからなかったようです。
この事件を作者が創作したものと後書きに書かれていますが、
この通りではなかったかと思わせる内容です。

2話目の“ライオン”は、三越のライオン像と関わっています。
でも、「そんな話」聞いたことないぞ。

少年の行動を予想して、英子は上野を散策します。
そこで英子は犯罪に巻き込まれそうになり、今まで想像もしなかった格差を知るのです。
狭い世界、居心地の良い羽布団に包まれていた英子が見た、底辺。

3話目は、2話目とある意味、対照的という面でつながります。
こちらは底辺ではなく、経済的に頂点に立つお金持ちのイタズラを描いていますが、
この対比は現代にも通じる深刻さを思わせます。

内容的には、この『鷺と雪』、こういった現代と似通った時代背景を読ませる小説で、
そこが「今回の」直木賞につながったのかな、と思います。

日常に潜むミステリーを解決する小説だと考えると、物足りないのです。
2・3話目のネタ、というか、事件そのものがもうミステリーではなく、
都市伝説を基にした世間話と言う印象。

ですがラストは切ないです。
もうお分かりだと思うので書いてしまいますが、2・26事件が起こります。

今回、英子の叔父・東京地裁検事の弓原子爵、
英子の友人・道子の兄の桐原中将が登場します。
「その後」の伏線なのかな、と思うのは考えすぎでしょうか。

若月はこの事件で命を落とすのか。
その後の激動の時代を英子は、ベッキーさんは、そして英子の友人たちは、どう生きるのか。

その後、を期待したいシリーズです。

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